シャトー・デ・ジャック・ボジョレー・ブラングラン・クロ・デ・ロワズルイ・ジャド 名門「ルイ・ジャド」社が所有する”ボジョレーの王様” シャトー・デ・ジャック Chateau des Jacques 1996年に、ブルゴーニュの名門「ルイ・ジャド」社が、ボジョレー地区ムーラン・ナ・ヴァン村で最も名声を誇るドメーヌを入手し、運営しています。入手後、土壌の生命力を回復するため、肥料や除草剤を廃止し、現在では、自然酵母だけで発酵させています。醸造は、以前からの伝統的醸造法を守り、コート・ドール地区のピノ・ノワールのようにボージョレ地区のガメイは尊ばれ、除梗をし、開放桶に入れたブドウを櫂棒で突きながら、醸し発酵させています。シャトー・デ・ジャックはムーラン・ナ・ヴァンに27ヘクタールの自社畑を所有し、中でも際立った特徴をもつ5つの畑は単独で栽培醸造されます。それらの畑には、 ■クロ・デ・ロシュグレ ■クロ・デュ・グラン・カルクラン ■シャン・ド・クール ■ラ・ロッシュ ■クロ・デ・トランの名前が付けられています。また、所有畑の一部にはシャルドネも植えられており、ボジョレー・ヴィラージュ・ブランのグラン・クロ・ド・ロワズ、ブルゴーニュ・ブランのクロ・ド・ロワズと、2種類の白ワインも生産されています。赤ワインの醸造はもちろん伝統的な手法を用いていますが、さらにシャトー・デ・ジャックならではの特筆すべき点として、発酵後のワインを新樽で熟成させていることがあげられます。通常のムーラン・ナ・ヴァンでは、ワインの一部を新樽に詰めて8?9カ月、5つの単独畑に関しては、100パーセント新樽で丸1年熟成させています。このようにして、一般的なボジョレーとは一線を画す、力強く、また熟成にも耐えるムーラン・ナ・ヴァンができあがるのです。 さらに1988年、シャトー・デ・ジャックから数キロ離れた場所に、新醸造所のラ・コンボー・ジャックを建設しました。ここではおもにボジョレー・ヴィラージュ・コンボー・ジャックが生産されています。 ルイ・ジャド ルイ・ジャド社は1859年に、 由緒あるぶどう栽培家としての歴史を有するジャド家のルイ・アンリ・ドゥニ・ジャドによって 創設されました。 l794年からジャド家が所有するシュヴァリエ・モンラッシェ・レ・ドゥモワゼルの総面積の半分や、1826 年に取得したボーヌ・ヴィーニュ・フランシュのプルミエ・クリュで、現在までモノポールであるクロ・デ・ズルシュールなど ブルゴーニュの銘醸格付け畑を次々に取得し、ブルゴーニュ有数の大ドメーヌとなるとともに、優れた品質のワインを提 供するネゴシアン・エルブールとしても高い評価を受けています。 1900年にルイ・ジャン・パプティストが家業を引き継ぐと、コルトン・シャルルマーニュ等の著名な畑を次々に購入し、強 力なポートフォリオを構築しました。その後、ルイ・オーギュスト・ジャドは、イギリス・アメリカにも市場を拡大し、ルイ・ジ ャド社の世界的名声を確固としたものにしました。ルイ・オーギュストの死後、マダム・ジャドは、彼の片腕であったアン ドレ・ガジェにルイ・ジャド社の経営を委ねました。 1970年には才能豊かなジャック・ラルディエールが醸造チームに加 わり、彼の卓越したワインづくりの手腕は、ルイ・ジャド社の名声を更に高めてきました。マダム・ジャドは、1985年に、 ルイ・ジャド社の長期的安定を期すため、長年にわたる米国でのパートナーであり、ルイ・ジャド社の良き理解者であっ たコブラント社のオーナー、ルディ・コップに所有権を売却しましたが、経営はその後もアンドレ・ガジェが担当し、1992 年に息子のピエール・アンリ・ガジェが、その後を引き継いで社長に就任しました。
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